雪が降ったんだ
久しぶりに我が家に帰ってきたTata。君は春でも冬でも季節なんておかまいなしに、エルサレムの街を走り回っているのだね。自由気ままでいいなあ。
「ねえねえ、なんで最近ボクが家に帰って来てもボクのお皿はいつも空っぽで、しかもボクのベッドにはヘンテコな猫のぬいぐるみなんて置いてあるの?しばらく外泊が続いているからって、こんなぶさいくなぬいぐるみをボクの替わりに置くなんてひどいよね。え?いつだったかそこの通りで小さな天使みたいな女の子から買ったの?ふーん。
ああ、おなかがペコペコなんだけどなあ。きっとなにかおいしいもの用意してくれていると思ってたのに。えっ?こんな時だけはニャーニャーとしか聞こえないなんて、まったく都合のいい耳だよね。あれ、これもしかして昨日の残り物じゃないの?今冷蔵庫から出したでしょ?まあ、それでもいいか、おなかすいてるし。あら、でもけっこういけるよ、これ。
ああ、おいしかった。ごちそさま。さてと、顔もきれいによく洗ってと。あっ、でもまたすぐ出かけるけどね。ちょっとその前にイップクイップク。ついでに昼寝もしちゃおっかな。でもこのぬいぐるみじゃまなんだよねえ。なんかボクのベッド狭いなあ。枕がわりにしちゃおう。よいしょっと。
それでねえ、聞いて聞いて。ここ一ヵ月ほど、ボクとっても忙しくてさ。近所の女の子たちと毎年恒例の追いかけっこやっててね。ほら、年に2回ぐらいあるじゃない。夜も昼もだよ。それでさ、きっともうすぐいつものようにしばらく旅にも出るつもりなんだ。うーんっと、今度もいつものように二ヶ月くらいかな。毎年冬の終わりにそんなに長い間どこに行くのかって?野暮だなあ、教えないよう。でもね、追いかけっこの話だけどさ、彼女たちってとっても駆け引きが上手だからね。ボクはいつも鬼ばっかりさ。うん。この寒空の下、走り回ってライバルを蹴倒してさ、あっちこっち追いかけるのもけっこう大変なんだからね。
でもさ、それにしても今年の冬は過ごしやすいよね。いつものように雨もあんまり降らないしさ。今年はボクの冬毛のコートもちょっと軽めなんだよねえ。ボクには大助かりだけどマルセルがさ、そう、隣の猫(あいつ)。えっ、そうそう猫だよ。いたじゃない前から。それでね、あいつ、今雨が降らなきゃまた一年水不足になるってぼやいてたよ。
あ、そう?へぇ。じゃ今年は水、大丈夫なんだ。ああ、それそれ、覚えてるよ。ほんと、去年の冬は大変だったよね。あの白くて冷たいもの、なんて言ったっけ?えっ?雪って言うの?そう、その雪なんかが空からいっぱい落ちて来てさ。どこもかしこも真っ白で冷たくて。階段通りのココヤシの木の上にも重たそうに乗ってたよね。ひょっとしたらさ、ポキッて折れちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。だってさ、街中のオリーブの木とか嵐の後みたいにいっぱい折れて道に転がってて。またぐのが大変だったけどね。朝が来てもずっと空が灰色でさ。もうオヒサマが見られないのかってちょっと心配しちゃったんだよ。ボク生まれて初めてだったんだよね。その白い雪ってさ。なんでも50年ぶりの大雪だったって、あの時もマルセルが知ったかぶりして教えてくれたよ。あいつ去年の春に生まれたばかりのくせにさ。
でね、おかしかったよねみんな。学校とか会社とか三日間もお休みになってさ。お店とかも閉まっちゃってて。ボクの苦手なクルマもバスも止まってたっけ。なんだかちょっとお祭りみたいだったよね。人間の大人も子供もみんな大はしゃぎでさ。それにさ、近所のあいつらも大変だったんだって。いつものネグラがびしょびしょになっちゃってね。ゴミ箱の上にも積っちゃってて。へぇ、30センチも積ったの?それって僕のしっぽよりも長いの?
そう、それからその後がまたすごかったよね。雪だっけ?それが水になってどんどん道のうえを走って行って。街中が大きな川みたいになってたよね。そういえばさ、この街って道路に溝がないんだよね。ふつうさ、溝ってあるよね?そこにさねずみとかすんでない?とにかくさ、その水のおかげでボク何日もぜんぜん家に戻ってこれなくなっちゃってさ。憶えてるでしょ?えっ?いやだなー、もう。あいつらと一緒にしないでよー。水なんて平気さぁ。怖かないよ。きれい好きだから冬毛のコートや肉球が濡れちゃうのがいやなの!わかってないなあ、まったく。
さぁてとっ。おしゃべりいっぱいしちゃったね。やっぱりまた遊びに行ってくるわ。うん、昼寝やめたの。さっき追いかけっこの途中で抜けてきたからさぁ。彼女たちが待ってたらわるいしね。じゃ、雨にならないうちに行くよ。ね、玄関のドア、開けてくれる?あ、それとまた後でごはん食べに帰ってくるからね。空っぽは、い・や・だよ。旅の前にしっかりと食べておかなくちゃ。食いだめって言うんだっけ?そうそう、それだよね。じゃ、にゃーね。」
元気いっぱいにTataが出かけた後で、エルサレムの街にもまた雪がひらひら、ひらひら。Tataは今度はどんな話を持って帰ってくるのかな。