飛び散った羽根のごとく
こんな話がありました。
あるユダヤの男は、隣人のこれまたユダヤの男といつも知人の噂話や陰口を叩いていました。
ある時、陰口を叩いていた知人について、まったくの思い違いしていたことに男は気がつきました。
男は慌てて町のハシディックの白髭ラビを訪ねてゆくと、その知人に今まで口走った悪口について謝るには一体どうしたらよいか、と尋ねました。
白髭のラビは言いました。
「この羽毛の枕をひとつ持って、これから一緒に市場へ行きましょう」
男は何がなんだかわからずに、しかしラビに言われるままに枕を抱えて、市場へと向かいました。
男はラビに尋ねます。
「さて、ラビよ。仰るとおりに枕を持って市場に来ましたが、それと私の質問とどのような関係があるのでしょうか?」
白髭のラビは男に言います。
「まあ聞きなさい。ここでこの枕を破って、中の羽毛をすべて取り出してみなさい」
男はただ言われるままに、枕の中から羽毛のすべてを取り出しました。すると瞬く間に羽毛はふわふわふわふわ、風に乗ってあたり一面に舞い散らばり、あちらへこちらへと飛んで行ってしまいました。
白髭のラビは男に言います。
「では今度は、羽毛をすべて集めて、元のように枕に入れてごらんなさい」
男は答えます。
「ラビよ、それは無理な話でしょう。御覧のとおり、羽毛はもう探しようがないくらいに風に舞って、あっちこっちに散らばってしまいました!」
白髭のラビは男に言います。
「その通りです。そしてそれはあなたのしたことと同じではありませんか?風に舞い、あちこちに散らばった羽毛ももう発してしまった言葉も、いくら謝っても元に戻すことはできないのですよ。あなたは一体何を口にするべきか、発する前によく考えるべきでした」
男は自分のした事の重大さに、頭をうなだれました。
例えそれが良い話であっても、ユダヤでは人の噂話や他人についてあれこれ話すことは、非常に避けなければならないことだと言われます。例えば、イツホックが「シムションはとてもすばらしい男だ」と言います。この「すばらしい男」というほめ言葉は、他の人にシムションを嫉ませたり、シムションと比べられたと感じた人の自信を喪失させることへつながるかもしれません。ひょっとするとこの一言が過大評価となって、シムションに悪い影響を与えるかもしれず、誉めたはずの言葉が思いもよらぬことになるかもしれないのです。
ユダヤの経典タルムードでは、人前で他人を罵ったり貶めたり辱めることはその人を殺すのと同じに値すると言われています。人を殺めた後でどれだけ反省してもその人は生き返りはしません。人前で他人に精神的な苦しみを与えることは、それほど大きな過ちであるのです。言葉の持つ力。風と共に散らばった羽毛と同じように、傷ついた心も、どれだけ謝ってももう元に戻りはしないことを忘れないでおこう。