満月夜の猫たち(full moon and cats)
同居人は真夜中の坂道を下ってTataに会いに行きました。小学校前の家へ行く途中でTataにそっくりな、でも彼よりも小さな猫が一匹、同居人のほうへ向かって忙しそうに駆けてきます。
「あら!Tataにそっくりね、猫さん。そんなに急いでどこに行くの?」
「あら、Tataさんちの同居人さんじゃあないですか。なにをノンキなことを言っているんですか、私は出遅れちゃったんだからね!急がなきゃ急がなきゃ。ああ、ほんと、出遅れちゃったよ今夜は。じゃ!」
そう言うと、ちび猫は急ぎ足でどこかへ駆けて行ってしまいました。
「なんだろう?忙しそうな猫ね」
それから同居人はエルサレムの澄んだ夜空に向かって白い息を吐きながら、坂を下りていきました。今夜は「木々の新年」というお祭りで、白い月はぽっかりと満月で、なぜか今夜はゴミ置場にもあちこちの角にも、猫たちの姿は見当たりません。
やっぱり今夜は寒いから、みんなどこかへ隠れているのかなぁ?でも本当に誰もいないね。
そんな事を思いながら同居人は階段通りを下りて行くと、すると今度は階段の下から一匹の猫が、急ぎ足で駆け上がってきます。あら?Tataかしら?と同居人はワクワクして、暗がりを近寄ってくる猫を見つめました。
「あら・・・、またあなたなの?ちび猫さん。よく会いますね今夜は」
「あら、また同居人さんですか。じゃ、失礼。私は先を急ぐので!」
「ああ、ちょっとちょっと、ちび猫さん、待ってください!あなたはどこへ行くの?ねぇ、他の猫たちは今夜どうしちゃったの?誰も見かけないよ」
「ああ、同居人さん。私はおしゃべりなんかしている暇はないんですよ。みんなもうとっくにどこかへ集まっているんだもの。さっきから言っているでしょう?私はすっかり出遅れちゃったって。うっかり今夜の会議の時間を間違えたんだもの。はて?今夜の集りは会議だったっけ?それともダンスだったかな?・・・と、に、か、く。今夜はみんなどこで集まっているんだろう。私もこんなに方々探しているのに、さっぱり話し声も音楽も聞こえやしない。
ああ、同居人さん、言ったでしょう?おしゃべりなんかしている暇はないんだってね。探さなくっちゃ、探さなくっちゃ。今夜はどこだろう?」
ちび猫はそう言ってから、また急いでどこかへ駆けて行ってしまいました。
会議?
ダンス?
みんなで集まってる?
出遅れちゃった?
おもしろいことを言うちび猫さんね。
同居人はちび猫の話に首をかしげながら小学校前の家まで来てみると、やっぱりちび猫のいう通りなのかもしれないと思いました。だって、誰もいないんですもの。Tataの子分のノラちゃんも、いつもの大きな白猫も、そしてTataの姿も。あたりに猫の気配は感じられませんでした。
同居人はTataがいつも寝ている家の外の奥の階段のほうに向かって、何度かTataの名前を呼んでみましたが、いつものようにゴソゴソする音は聞こえず、やっぱり誰も出てきません。仕方なく持ってきたTataのお弁当をまたぶら下げて、同居人は他の通りを家に向かって歩き出しました。ひょっとするとみんなそっちの方向に行っているのかもしれないと思ったのでしょう。
坂道を白い息を切らせながら上がり切ると、一軒のシャッターの下りた商店の前に出ました。積み上げられたプラスチックの牛乳ケースの横に、影のように猫が一匹、すました顔をして座っていました。その猫はまたまたTataと、そして今夜はよく出会うちび猫にそっくりで、同居人にはなんだか本当は同じ猫があっちこっちでぐるぐる回っているように思えてきました。
「まあ、猫さん、あなたってとってもTataに似ているのね。おんなじ模様をしているわ。Tataを知っているの?あなたは今夜は集まりに行かないの?」
「あら、同居人さん、こんばんわ。今夜は冷えますわね。・・・Tata?彼は私のいとこよ。ご存じなかった?こんなに似ていちゃあ、やっぱり一族でしょう?でも今夜は男どもはどこかで集まっているみたいね。満月だもの。さっきからゴロちゃんがみんなをうろうろと探しているけど、出遅れちゃったみたいよ、彼」
「あら、やっぱりあなたはTataの一族だったのね。そう、どことなくTataの前妻のジョセフィーナさんにも似ているもの。ゴロちゃんってあのちび猫さん?今夜は何度も道でお会いしたよ」
「まあ、あのジョセフィーナに似てるですって?!あらいやだわ。あんなにしたたかじゃないわ、私。そうそう、ゴロちゃんよ、それ。彼もTataに似ているでしょう?彼は私の双子の弟よ。ほら、だからそっくりでしょう、私たち。お、わ、か、り?」
「ああ、なんだ、そうなんだあ。それであなたたちみんな似ているのね。今夜見かけた猫はみんなTataにそっくりだったから、ちょっとびっくりしちゃったのよ。これで謎が解けたよ。
それでね、いとこさん。今夜Tataを見かけませんでしたか。探しているのだけど・・・いないみたい」
「あら、だからさっきから言ってるじゃないですか。集まりですよ、お、と、こ、の。満月の夜にはいつも集まっているのよ。何をしているのかはさっぱり知らないけどね。でも、見つかりはしないわよ今夜は。仲間のゴロちゃんですら見つけ出せないんだもの。あきらめてお帰りなさいよ、同居人さん。もし明日Tataさんに会ったら同居人さんが来てたわよって伝えておくからさ。ところでその袋はなあに?」
やっぱりちゃんとお弁当に目をつけているところがジョセフィーナさんに似ているわね、と同居人はほほえみながら袋からお弁当を出して、いとこさんに差し出しました。彼女がお弁当箱に顔を突っ込んではちょっと哲学して一息つく様子がTataにそっくりで、同居人はくすっと目を細めてそのしぐさを見つめていました。
「じゃあ、またね、いとこさん。Tataを見かけたら大好きだよって伝えてね。いつでも帰っておいでって」
同居人はスキップしながらエルサレムのぽっかり白い満月を見上げ、白い息を吐きながら家に帰りました。満月の夜の集まり?Tataは他の猫たちと一体何をお話しているのだろう。それとも今夜はどこかの無花果の木の下で、月の光りに照らされながらダンスを踊っているのかな。
おやすみ、Tata。またね。