Friday, May 05, 2006

J.ショーンバウムの記憶

クロアチアの街ザグレブの片隅で
長い時間忘れさられた革の鞄
戦争もホロコーストも知らない異国の女は
その記憶に触れた




むかし私はどこにでもいるような普通の子供だった
ただユダヤの家に生まれただけだ
青年時代には兵隊として第一次世界大戦で戦った
それからまた時代が変わり今度はナチがやって来て
私は妻と息子に二度と生きて会うことはなかった
どこかのキャンプで息絶えたのだ

絶望の中で私は生き残るために
クロアチア人のカトリックの女と偽装結婚をした
アマリアは心優しい女で我が家のメイドだった
私を救ってくれたアマリアには心から感謝している

それから戦争が終わってしばらくの時が過ぎ
十分に生きた私は死んだ

アマリアにはいくつかのスーツケースを残すのみとなったが
その他の財産はすべて失ったのだから仕方がない

私はザグレブのあの静かで美しい墓地に埋葬され
亡骸のない妻と息子の墓の傍にて
穏やかな永い眠りにつくことになった


私が静かな眠りについて
どれくらいの時がたったのだろう
ホロコーストも遠い記憶となったある日のことだった

愚かで哀れな心を抱えた者たちによって
昔からここに眠るユダヤの人々の墓の記録は
ミステリアスに放火され紛失してしまった
またしてもそんな馬鹿げた事が起きたんだ

ここで静かに眠っていたユダヤの人々は
ふたたび名も権利も失い
そこには新たに異教徒の墓が建てられた

遠の昔に生きる権利と名を剥奪された妻と息子は
今は静かに眠る権利と名を失い
私はまた一人になった

人々よ

私を安らかに眠らせてくれないか
私をほうっておいてくれないか

私はもう「シュマ イスラエル」と唱えたのだから